北越後村上が生んだ戦国武将本庄繁長の生涯をまとめた「希求」が出版されました。
著者:堀田 亨
大町文庫でも販売開始です。
本庄繁長を知っていますか?
北越後村上に強く純粋に生き抜いた戦国武将がいた…
勇猛果敢さと巧みな戦術で85戦負け知らずの75年の壮絶な生涯!
【本庄繁長の生涯】
■権力抗争により、父房長は落命し繁長も母の胎内で刀傷を負って生れる。
■13歳で父の仇である叔父を討って本庄城主(のちの村上城主)となって以来、
上杉謙信に従い、川中島、関東、北陸で武功をあげた。
■その後、謙信との確執から、武田信玄と通じて籠城して
謙信軍1万と1年近い激戦を繰り広げたが、繁長の巧みな戦術により落城しなかった。
謙信に許された繁長はその後上杉氏に忠誠を誓った。
■あとを継いだ上杉景勝の命により、庄内での最上京との戦いを征したが、
それか原因で豊臣、徳川両家の権力抗争に翻弄され、大和国に流された。
■朝鮮出兵に志願して秀吉に許され、上杉軍に加わり復帰を果たす。
■上杉氏の国替えに従い福島城代となり、押し寄せる伊達改宗軍2万に奇策で対抗して
大打撃を与え、撤退させた。
■その後、徳川への遺いとして交渉にあたり。上杉氏の存続に大きく貢献し、
福島城で波乱に満ちた75年(村上で53年、郡山一福島ほかで22年)の生涯を静かに閉じた。
あなたは、本庄繁長という武将を知っていますか?
この度、「希求(ききゅう)」という冊子が発売された。
これは、北越後村上が生んだ戦国武将本庄繁長の生涯をまとめたもので、
昨年、村上新聞に連載された「堅忍不抜の勇将」を取り纏めたものである。
A4カラー版60ページで、オリジナルの図も見やすく大きく編集されている。
新聞の連載記事を完読された方も、保存版として冊子の形でお手元置かれることをお勧めしたい。
編集は、繁長公没400年を機に結成された「本庄繁長公の会」によるもので、
事務局長の堀田亨氏が執筆し、同会事務局で前村上郷土資料館館長でもある松山勝彦氏が
校正を担当している。
同会会長の飯沼与三太氏は「逆境にも果敢に立ち向かい、しかも純粋に生きた戦国武将は
他に類を見ない、今回編集した冊子はそんな繁長公の波乱に満ちた生涯を一般の方々にも
分かりやすいようにまとめたもの。
この冊子で郷土が誇る武将のことを是非多くの方々に知ってもらいたい。」と熱く語っている。
なお、現在、「本庄繁長公の会」は、東京、大坂、北海道などの繁長公ファンも合わせ
会員80名程度となっている。
今後もゆかりの地である猿沢城、里本庄などの史跡研究や、墓所のある福島市長楽寺関係者、
福島城のあと本庄氏が統治した山形県白鷹町鮎貝城の関係者との交流も計画している。
冊子の購入とともに、興味を持った人たちには是非会員にもなってほしいと関係者は語る。