知性の泉1万冊 恩師2人の蔵書 ”相続”   (9月12日新潟日報)

故人の蔵書が5000冊と聞いて驚いた。 それを引き継ぐ人がいると聞いて、また驚いた。
村上高校の元教師2人の蔵書を集めた文庫が、村上市内に生まれようとしている。
2人は亡くなり、行き場を失っていた計1万冊を教え子が丸ごと引き受けた。
収蔵するための建物を近く完成させ、秋のうちに地域に開くことができそうだ。
本の力が、人から人へ地域へと染みていこうとしている。   (論説編集委員・今野洋史)

大町文庫と一鰭

知性の泉1万冊 恩師2人の蔵書 ”相続”

知性の泉1万冊

村上市中部の大町に2階建て町屋造りの「大町文庫」の建設が進んでいる。
活用されるのは、日本史を教えていた八木三男さんと英語教師だった大嶋久夫さんの蔵書。
2人に習った瀬賀弘行さん(56)が文庫を創設する。
市内の吉浦で開業している内科医、瀬賀さんが恩師八木さんをみとったのは2008年。
夜ごとの往診を重ねた末の別れだった。
あるじを失った書籍は約5千冊。 専門の歴史に限らず政治や経済分野が目立つ。
本棚を並べると幅18メートルになった。
「あの先生の背後にこれほどの膨大な知識があったのだと、分かってきたんです。
優しい、落ち着いたお人柄は知識があってこそなのではないかと」

翌09年には村上高校ひと筋の教員生活だった大嶋さんが亡くなり、 同じく5千冊が残された。
家族によれば、英語教師でありながら「日本人は英語なんて勉強しなくたっていい」と冗読めかしていたという。
歴史に関する本が幅を収り、書庫から離れの部屋にまであふれていた。
自らの所有を示す蔵書印を押すほど本を愛した。
自宅に収まり切らなくなっても古書店に売ることを嫌い、訪ねてくる教え子らに渡していたという。

そして、もう1人の恩師の家族からも、いずれ5千冊を引き受けてほしいと相談されており、 将来的には1万5千冊になりそうだ。
どの恩師も「希代の知識人」だという。

瀬賀さんは、恩師たちと過ごした40年ほど前の教室の光景を克明に覚えている。
初雪が降りたある日の授業は忘れられない。
登校してきた生徒たちは窓の外に冬の訪れを感じ取って、もの思いにふけっていた。
戸を開けて入ってきた先生は「初雪といえばモーパッサンの『初雪』…」と切り出した。
後ろ手を組み、教科書とはまったく関係のないフランスの作家について50分間語り通した。
「生徒の情緒をピンと察したのでしょう。心地よい音楽を聴いているような授業でした」と思い起こす
教養たっぶりの話はいつも、教科書よりよほど好奇らを刺激した。 ついつい挙手し、質問をしたくなる。
「どんな話題でも、必ず乗ってきてくれました。 絶対に裏切らないんです」
そんな恩師の品格を支えた本を「せめてひと世代残せないか」という気持ちが膨らんだのだという。
当初は、公の施設に寄贈できないか探った。
残念ながら「スペースがない」という答えが返ってきた。
寄贈を歓迎する施設でも「選別して分野別の棚に収める」といわれた。
しかし、「あの先生の背景にあったこの本」として、固まりで残さなければ、本棚に問いかけることもかなわない。
行き着いたのが私設だった。
私財を投してまで地域社会で生かそうとするのは、本の力を広く行き渡らせたいから。
「大げさな言い力をすれば、世の中をよくするのは教養、知性なのではないでしょうか」
瀬賀さんは「文庫を訪れ、まずは驚いてくれればいい」と願う。
1人5千冊という読書量だ。「並んだ背表紙の圧倒的なボリューム、手に取った紙の迫力を感じ取ってほしい」という。
電子書籍では示し得ない力だろう。
「こういう人になりたい、まねたい、と生き方の指針になったらありがたいですね」
教師の滋養となり、生徒を感化した膨大な本。
亡きあるじに代わり、なかなか越えられない高い壁として、後輩を鼓舞し続けることになりそうだ。
八木さんの妻八重子さん(82)は「瀬賀さんの気持ちに応えるために、ほこりを払って収めさせていただきます」と話している。

故大喝久夫さんの書庫の一部

故大喝久夫さんの書庫の一部

 

故大喝久夫さんの書庫の一部。文庫に移ると、本は何を語り出すだろうか

寄贈の申し出多く

蔵書を図書館で役立ててほしいと寄贈を申し出るケースは多いようだ。
新潟市立中央図書館で聞くと、2012年度に寄贈を受けたのは市の全図書館合計で9700冊。 郷土資料が目立つ。
市民の役に立つか、収蔵している本と重ならないかーなどから判断し、もらい受けないケースもある。
個人の蔵書で棚が独立しているのは「谷川・良寛文庫」。
良寛研究家であった故谷川敏朗氏の家族から提供された約1500冊を収めている。

瀬賀弘行

吉浦 瀬賀医院 医院長

恩師の蔵書を大町文庫としてまとめる瀬賀弘行さん。「村上の文化度の高さを示せれば誇らしい」とも語る

村上の医師・瀬賀さん